■ 大学時代から断食・・・
大学時代から菜食をやってみたり断食をしてみたりとスピリチュアルな傾向がありました。
大学卒業時から瞑想ヨガを始め潜在意識の世界に足を踏み入れたという感じです。
その後大手電機会社に4年半勤めている間に様々な心理学的セミナーや瞑想を体験。
インドにも数回行きました。
この頃は、それこそ面白い人やすごい人がいると聞けば、どこにでも飛んで行き
話を聞いていました。今で言うメンターを捜していた時期です。
でも、人って誰でも弱点や足りないところがあるのが見えてしまうので、「この人も違う、
あの人も違う」とインドのグルーからサイキックな人まで探し回っていました。
ある時、「メンターを見極めよう」として、その人の話をあまり聞いていなかったことに
気がつきました。「あ、この人は大したことない」と思った瞬間、もう意識はよそに
行っていたのです。
■ 大切なのは・・・
大切なのは「誰」ではなく「自分自身の心に響くもの」だと気がつきました。
それ以来、インドの聖人だろうが、電車の中で隣に座ったおばあさんの独り言だろうが、
自分自身が受け取るものに意識を向けることを学びました。
すると「正しいこと(人)を見つけよう」とする自分がいなくなり、とても楽になりました。
また、その頃 流行し始めていた気づきのセミナーのクラスに参加し
「人間って3日間で変われるんだ!」 と実感。
■ ビジョン心理学のチャック博士に出会う・・・
ただ、それらを経営するセミナー会社のやり方にはついて行けず、その頃出会った
チャック・スッペザーノ博士に感銘を受け、1985年ハワイで開催された1年間コースに
参加することを決めました。
このハワイにいた間に火渡りセミナーやNLP、ヒーラーなど様々な人との出会いが
あったのも収穫でした。
中でも印象に残っているのは、7日間しゃべらないサイレントのセミナーを
リードしていたハワイのカフナ(祈祷師のようなもの)のおばあちゃんのナナ。
80才なのにシャキっとしていて、その自然体の生き方はハワイの青い空以上に
清々しかったです。
人ってこんなに自由に生きれるんだなと思いました。
チャックの学校で教えていたビクトリアと言う教授も感銘を受けたひとり。
彼女はサイコセラピストで大学でも教鞭をとっていたインテリ。
でも、その優しい人柄と知識の深さ、そして、誰にでも分かる様に
説明できるのがすごい!
それこそ、心理的なことを5才児にも専門家を相手にも話せる人でした。
ハワイの海と空、そして、そんな講師陣の学校で自分の潜在意識を、
「これでもか」というほど見て行く体験は何者にも代え難いものでした。
人の悩みってその人が思っている原因とはかけ離れている意識の奥に
あることが多いと学んだのもこの頃でした。
■ 共同創造という考え方・・・
卒業後、日本でスッペザーノ博士と共に癒しのセミナーを開催したりNLPなどの
新しい考え方を紹介し始めました。
この頃は 『何とか、この新しい考え方や生き方を日本に伝えたい!』
という気持で一杯でした。簡単に言えば「共同創造」。
一人一人が精神的に自立した対等な立場で生き、人と関わって行きながら
自己実現して行くライフスタイルと言えます。
そのためには、癒し、コミュニケーション、そして表現が不可欠だということ。
枠を作っているのは自分自身で、それを外して行けば、必ず出口が見えてくること
などを体験することを提供していました。
■ 「ルーンの書」、エトセトラ・・・
この頃、そんな考えに遊びながら接せられると言うことで「ルーンの書」を翻訳しました。
これは、今でもロングセラーです。
1988年に独立。コミュニケーション、人間関係、自己実現のテーマで企業研修や
様々なクラスを行っていました。
ヒーラーで友人でもあるジェニー・デイビスさんのセミナーも素敵でした。
彼女は本当に「愛」を感じさせてくれるエネルギーで人気がありました。
また、その後、彼女の友人で歌手であるスーザン・オズボーンさんを日本に
初めて喚んでコンサートと声を通して自分を感じるセミナーを開催しました。
彼女の自然で澄んだ声は何ものにも形容しがたいものです。
スーザンは湯川玲子さんとの出会いもあり、それ以来ほぼ毎年、来日しているようです。
「題名のない音楽会」などのテレビにも時々出演しています。
■ コアを感じ、統合・・・そして表現・・・
本当に人生には色々なアプローチがあるんだなと感心します。
そして、それぞれがその人のコア(中心)を感じ、そこからの表現へと導いて
くれるんだなと思いました。
内面の統合だけでなく、外に向かっての表現も大切だなと感じ始めたのは、
この頃でした。
癒しを簡単に「マイナスからゼロに戻る」と定義すれば、声に出したり踊りを
通して表現する時(発散ではなく「表現」する時)、ゼロを通り越してプラスへと
入ってしまいます。
後年、これはコーチングも同じだなと気がつきました。
癒された後どうしたいか?の目標を持って癒しを行う時、ゼロ地点をいつの間にか
越えていることが多いのです。
この頃、日本に喚んだボイス・トレーナーのジョー・エスティル氏もすごい人でした。
歳は73才だったと思うのですが、彼女が教えた劇団四季やその頃あったSKDの
人たちから「魔法使い」と喚ばれていました。
プロの人が何年も悩んで出なかった声を 「ちょっと、こうやってごらんなさい」と
指導すると、その場で出てしまったりの連続でした。
■ ウォンさんとの満月瞑想イベント・・・
そう言えば、時を同じくして、ピアニストで友人のウォン・ウィン・ツァンさんと
九州の阿蘇山で「ムーン・ジャーニー」というタイトルの基に満月の夜に
瞑想ライブを行いました。
台風の中100名近くの人が日本中から (本当に日本中から) 参加してくれました。
(ウォンさんは台風男なのです。多分・・・(笑))
これは準備は大変でしたが思い出の深いものとなりました。
九州のスタッフに参加してくれた人たち、ありがとうございました。
■ アメリカで受講したNLP・・・・
アメリカのコロラド州でNLPのセミナーを受けたのもこの時期でした。
テッド・バッフィントンというNLPのトレーナーを喚んで「火渡りセミナー」という
金曜日の晩に火を渡らせて、土日でNLPを教えるというクラスを開催はしていましたが、
本格的に習ってみたくて行きました。
最初のコースだけで28日間。
これは長い!しかも2,3日ごとに、そうそうたるメンバーの講師が変わる。
それぞれが交渉術を政府機関に教えていたり、健康の分野で研究をしていたりと、
教えているだけでなく実際の仕事で使っている講師ばかりでした。
これは、大変勉強になりました。
習ったことが新しいと言うより、それまで、直感と経験で行っていたことが、理屈が
分かり体系だって整理でき、人に伝えることができるようになったという実感がありました。
■ エリクソン、バシャール、そしてその後・・・
そして、その後学んだエリクソン催眠療法は、潜在意識とそのコミュニケーション方法を
更に深く理解するのに役立ちました。
人のコミュニケーションって、表面的な言葉より、この潜在意識レベルのものに
大きく左右されるからです。
1987年に知り合ったアメリカ人からバシャールのチャネリングを紹介されました。
紹介されたは良いけれど、うちの事務所でやるには「怪し過ぎる(?)」と思ったので、
現ヴォイス社長の喜多見さんともう一人の友人と『お祭りでやろう!』と喚んだのですが
大ヒットでした。
僕自身の人生のもうひとつのターニングポイントとなりました。
チャネリングという言葉が流行ったり、雑誌やテレビを賑わすようになった
発端でもありました。
バシャールが実際に存在する宇宙人かどうかはどうでも良く、彼のメッセージが
すごいインパクトがありました。
■ ワクワクすることを毎瞬選択する?
『ワクワクすることを毎瞬毎瞬行動しなさい。』
『それがあなたという存在が3次元の世界に翻訳された波動なのですから。』
通訳をしながらこれを聞いた時に思ったことは、
「あ、これで仕事がなくなる。」
「みんながその通りにしたら、自然に癒され、同時に自己実現してしまう!」と
言うことでした。
どちらかと言うと、小さい頃から「良い子」で、次男で更に16才まで2年毎に引っ越しをしていて
新しい環境にうまく適合することを覚えたり、「自分より人の面倒を先に見るのが良いこと」
などの観念を持っていた僕には、頭を横からガツンと殴られた様なショックがありました。
とことん、自分が好きなことをやる時、自然に周囲と調和が取れます。
■ 100%で全てが変わる!
これは今までセミナーの中でも何回も経験していたこと。
ただ、この「とことん」と言うのがミソなのです。すっきりと100%ワクワクすることを
行動するまでは、それまでの仕返しをしたくなったり、周囲を攻撃したり「出る釘は
うたれたり」します。
でも100%になった時、全てが変わります。
これが、スポーツで言うピーク・パフォーマンスであり 【 ミニ悟りの状態 】 と言えるでしょう。
オーケストラが最高にノっている時の演奏と同じです。
他の演奏者に遠慮しながら演奏している人が集まったベルリン・フィルが、最高の
演奏をしているって想像できますか?
それぞれが他人を気にしないで自分を100%表現する時に、全体として120%にも
150%にもなる調和が生まれます。ステキですよね。
■ いろんな人と会いました・・・
バシャールは色々な人と知り合うきっかけを作ってくれました。
シャーリーマクレーンが来日した際にプレス・カンファレンスの通訳を頼まれたり、
映画[ガイア・シンフォニー]のプロデューサーの龍村仁さんや阿木耀子さんと
宇崎竜童さんなどとのパネルディスカッションなど面白い顔ぶれが揃いました。
■ 癒しからメンタルコーチングへ・・・
この頃から、深層心理だけでなく、体のことや実際の行動を伴うセミナーへと移って
行きました。
それまでは、潜在意識に潜んでいたトラウマを見つけては解決・統合するスタイルでした。
また、企業などではNLP、コミュニケーションや人間関係を教えていました。
それまでのセミナーでも、経営者などの参加者は、問題をひとつ解決すると、
すぐに仕事に生かしたりして、年に一度くらいセミナーに戻ってくるというパターンが
多かったです。
ところが、他の人たちは どちらかというと、潜在意識を見るのが面白くなり、心の中は
スッキリとしてくるのに、表や社会に向かった表現・行動していないという状態でした。
毎回セミナーには通って来てくれるのですが、それを見ながら
「いったい、自分は何を提供しているのだろうか?」と考え始めました。
もっと、人生や社会に向かって行動する積極的な人を作りたいと思い始めたのです。
■ やはり行動が大切!
この頃、社会人のラグビーチームのメンタル・トレーニングを請け負っていました。
そのチームは、おかげで1年間でCグループからAグループまで上がりました。
これには、僕だけではなく、新しい監督、ニュージーランドからの選手や専任の
体のトレーナーを付けるなどいくつかの新しい要因がありましたが、ラグビーのチームに
メンタル面でのトレーニングを正式に入れたのは、多分、日本で初めてだったと思います。
そんなスポーツに関わっていたこともあり、「コーチ」 という言葉は良いなという思いが
浮かんできました。
それまで教えていた諸々を、何年か掛かって整理してまとめたのが、現在の
ちょうど、その頃、世間でも「コーチング」という名前が話題にあがる様になっていました。
不思議なシンクロですね。
ですから、このメンタル・コーチ養成コースは、独自のカリキュラムに世間に出てきた
コーチングの要素も加えた形になっています。
■ 潜在意識の枠を広げるメンタル・コーチング
メンタル・コーチングでは、どちらかというと、スキルを学ぶと同時に、コーチングを
学ぶ人自身の潜在意識の枠も広げて行くカリキュラムになっています。
僕自身はその部分の方が興味があるのですが、一般に、面倒くさくてさぼりがちな
「行動計画」や「実際の行動とリアリティチェック」などは、目標達成のポイントとなります。
コースを終える頃には、単にスキルを学んだだけでなく、「あんな人になりたい!」
「あんなコーチと関わってみたい!」と言われる人になって欲しいのです。
実際に、コース終了後に初めてあった人から上記の様なコメントをもらう卒業生が
増えています。
また、受講生には自営業や経営者も多いのですが、仕事にもすぐ反映するのが
嬉しいですね。
■ 日本各地で開催・・・楽しいです!
このメンタル・コーチ養成コースは、1999年から始めて以来、関東、関西、沖縄などで
毎年開催されています。
10ヶ月間のコースなので、平行して一度に異なる場所で開催できないのが残念です。
また、現在、体とマインドのバランスを取るトレガー・アプローチも紹介しています。
これも体とマインドの統合の近道ですね。
やはり、体からのアプローチも捨てがたいし、とにかく気持が良いっていいですよね。
■ 「アンリミテッド・パワー」って何?
また、 「王道はないけれど近道はたくさんある」 の通り、
開発と言うと大げさに聞こえるくらい、本当にシンプルなもの。
でもこれを毎日使ってもらうのが大変。この頃思うのは、人って「何か」が問題ではなく、
「習慣」なんだなと思います。
ちょっと変な例になるかも知れませんが、以前アメリカに行った時にクリスチャンの教えで
「キリストは全ての人の罪を持って行った」と言うのを聞いて、
「それなら何で今、世界中の人たちは幸せになっていないの?」と疑問に思いました。
■ 障害を除くより習慣を変える方が難しい!?
それが「習慣」であり「癖」ですね。
トラウマを癒して統合してスッキリしても、そこから先に行く新しい習慣を作りださなければ、
再度古い習慣に戻るだけです。
他人もサポートできる様になろう!と言うのが、現在の関野直行事務所の向かう方向です。
更なる近道を開発中!
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